まちなみとでんしゃ

Nゲージサイズでガタゴト走る電車とまちなみを作っています

弘南鉄道7000系 その3

東急鉄コレ7000系を改造して、譲渡車の弘南7000系を作っております。

ここのところ忙しく、平日はなかなか時間が取れなくて、
工作自体もスローペースですが、
現状だけ御報告。

弘南7000系
GMストアーへ行ってコイツを買ってきました。
グリーンマックスの東急7000系のバルクパーツ。
最初から素直にこれを組めと言われそうですが(泣)。譲渡車パーツもありますし。
まあ、鉄コレ改造は改造でとても楽しいので自分では納得しているのですが(笑)。

とにかくこれからライトボックスをひっぺがして利用しなければいけない訳です。
中間の工作は省略しまして、、、弘南7000系
とにかくひっぺがしました。左は剥がされた顔。

小さい!と同時に、顔を見てると違う改造ネタがむらむらと。いや、いけないいけない。

同時にスーパーステンレスも買ってきましたので、
赤帯とステンレスを塗装後にこれを貼ろうという算段です。



ところで、話題は変わりますが、
先日通販でデジカメの「電池だけ」購入しました。
写真撮影には、コンタックスという今は無き(泣)メーカーのカメラを
後生大事に使っている(実はお金が無くて買えないだけ)のですが、
とにかくこれが電池が持たない。
冬、気温が低い時にはバッテリー内臓にもかかわらず、
AC電源に繋いでいなければ使えないというシロモノです。

サードパーティーからバッテリーが出ていて、
多少持つそうなのでイタイ出費ですが、買ってみました。
これで少しは屋外での撮影が楽になるかなと期待しております。

このコンデジ(CONTAX SL300R T*というもの)、
「屋外では」たまにとんでもなーーーーーーく綺麗に撮れるのですが、
確率的に、、、(私の撮り方が悪いのが多々有るとは思います)。
もう一つの趣味でトイカメラもやってますが、
ホルガと変わらない確率な気が、、、、。まさにそこがツボでして、使ってます(笑)。

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  1. 2008/05/22(木) 06:08:32|
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東神奈川の名物が

某巨大掲示板情報なんですが、

東神奈川の駅そば、日栄軒。
ここは乗換駅のせいか割りと繁盛していて、風情もあって、駅そばとして美味しいのですが、




名物の穴子天そばが消えてしまったそう。


がーーん!



ちょっと(駅そばとしては)高めでしたが、とても美味しかったので残念です。
大きな穴子のてんぷらにゆずがかかってて、
ボリュームもたっぷり、香りもいい感じでした。

残念。復活しないかなあ。

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  1. 2008/05/20(火) 07:54:14|
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鉄コレ第8弾

旅は品川で止まってますが、、、
乗ろうとしている小田急で、この頃活躍していた電車が鉄コレで出るようですね。

鉄コレの次々回作の発表がなされたようです。
小田急1400→新潟交通モハ16や、
営団2000→銚子デハ1000
琴電700
叡電デオ600

もろもろ、、、らしいですね。
みんな味のある車両ばかり。期待大です。
越後交通や日立電鉄は出るんでしょうか?
改造ネタとしてもいろいろ出来そうです。

いや、これは楽しみ♪

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  1. 2008/05/16(金) 06:35:55|
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1953年への旅 その2

最近引っ張り出してきた交通公社(これも懐かしいですね!)時刻表(昭和28年4月号)ですが、資料
これを使ってみます。

目的地は、そうですね、、、水上でも定山渓でもいいのですが、
まずは手近なところで箱根、強羅にでもしてみましょうか。


私の自宅は横浜の中区の海沿い、タンク車がごろごろ転がっている駅の近くですが、
当時最寄り駅はまだありません。
開業はオリンピックの年、1964年(昭和39年)5月19日です。

その当時はこの辺りの住民はどこから横浜中心部へ出ていたのか?
競馬場跡地を巻いていけば市電の終点(山元町)へ行けるので、
そこから横浜市電に乗って中心部まで出ていたのでしょう。
競馬場はまだ接収中ですね。J.H.モーガン設計の一等馬見所だけ今も残ります。

山元町からは市電3系統が生麦まで延びており、
日之出町で乗り換えれば京急に乗れます。当時この路線では1300形などが走っていたのでしょうか?
山元町から下る坂には打越橋という朱色のアーチ橋が、これも昔と変わらず架かっています。
当時路面電車に乗った人々も、打越橋を頭上に見上げ、横浜市街を遠目に見下ろし、
ブラフ積みの石垣の坂を降りていったのでしょう。

日の出町に至るまでにも見所が。
今は埋め立てられて大通り公園になってますが、当時は関外には吉田川という運河が流れていました。
もともとあった吉田新田という沼地を、明治になって埋め立てた時に水路を残す形で造られた運河です。
今でも健在な中村川と大岡川と合わせ、路面電車は3つの運河を橋で渡って日之出町へ。

昭和25年の地形図が公開されていますが、山元町から日之出町1丁目までの市電の路線がわかります。
横浜市三千分一地形図第三十五号「山下町」
麦田を通る路線も見えますね。

これは面白いです。関外の南側半分、中村川から先述の吉田川まではこれまた米軍の接収地。
カマボコ兵舎が建ち並んでいたはずです。
そして千秋橋を渡ると繁華街の伊勢佐木町。進駐軍専用のオクタゴン劇場があります。
元々は日本初の洋画専門館、オデオン座。
またその手前には中央電話分局と書かれた建物が見えます。
これも今なお残る建物。NTTの営業所として使われているそうで、近年化粧直しもされました。
逓信省営繕の優れたデザインの、でもどことなく懐かしい建築です。

この一帯の接収解除はちょうど昭和28年3月。この旅をする頃はまだ広々とした空き地が広がっていました。


さて、、、残念ながら手持ちの時刻表には市電の時刻まで収録されていません。
横浜市営電車及びバス
運賃10円均一(乗切制)運転時間5:20-23:30分終日頻繁運転、との記載があるだけです。
他の資料も手元にありませんが、例えば市バスの103系統、
(ちなみに103という系統番号は、市電の3系統+100という意味。)
このバスの時間割を(仮に)市電の時刻表として当てはめて見ます。
天気の良い4月の休日、自宅を朝7時に出るとして、

・山元町まで徒歩で30分くらい。

・山元町から7:35分発の市電(バス)に乗り、日ノ出町1丁目着が7:47分 運賃一律10円也。

日之出町からは京急で品川まで。せっかくだから新宿まで出て小田急で湯元まで行く計画です。
残念ながら日乃出町の発時刻は載っていないものの、
お隣の黄金町から品川まで58分。日之出町からなら56分くらいでしょうか。
初電(黄金町発が5:50)から普通10分毎、朝夕急行20分毎、日中急行20分毎と記載があるので、
(他にハイキング特急5本の記載がいいですね。)

・日之出町発7:52分の普通に乗って品川へ向かいます。品川着が8:48分 運賃60円也

京急はこのころ500形が特急で、400系や230形も快走(爆走?)していたのでしょう。
9時前には品川駅に着けます。

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  1. 2008/05/13(火) 05:55:04|
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弘南鉄道7000系 その2

鉄コレ東急7000系改造、弘南7000系を造っております。

車体の加工を始めます。下回りと車体を分解し、ネジ留めされている屋根を外します。
側面のガラスパーツは、まずL型になっている方から上に真直ぐ引き抜く形で外し、
前面側は前面のガラスパーツに硬く嵌め込まれているので、
他の部分が大方車体の開口から外れた状態で慎重に強く引き抜きます。弘南7000系

前面のガラスパーツは貫通路の扉と組み合わされており、
爪と両サイドで車体に硬く固定されています。弘南7000系

真直ぐ裾側に引き抜くのではなく、妻板と反対側(つまり車体内側)に倒し込むようにすると、
きちんと抜けます。弘南7000系
私は最初無理矢理裾側に引き抜こうとしたため、
ガラスパーツを欠いてしまいました。また貫通扉に傷を付けてしまいました。

貫通路の不要な出っ張りと渡り板を削ります。
鉄コレ素材は数回筋を付けただけで刃がまっすぐ入ってくれるので、とても加工がし易いですね。弘南7000系
削った後はやすりで数回撫でて仕上げました。

で、もとの貫通路の扉を嵌めてみると、、、弘南7000系
高さが足りないです、、、
扉の裾をエバグリの0.5×1.0で延長し、継ぎ目と分解時に付けた傷を溶きパテで補修します。

ここまで来て(まだ塗装も落としていなかったのですが)、
正面の赤帯の塗分けにライトケースが干渉することに気付きました。
ラインテープを使って丁寧にマスキングでもよかったのですが、
ここはライトケースを一旦削って、塗装後再張付けすることにします。

ライトケースを削りますが、小さく、薄いモールドなので特に慎重に行いました。
まず周囲にカッターの刃を入れます。弘南7000系

次に、切り込みにエナメル溶剤を流し込みました。弘南7000系
さらに数回刃を入れて切除。

切り取った結果です。弘南7000系
うは。小さい。

しかし、、、
ここで満足していたのがいけなかった。
この小さなパーツをピンセットで掴んで眺めていたところ、


ピーン、、、、、、orz


はい、飛ばしました。
何回も床の底ざらいをしたものの出てこず。

諦めて次の方法を考えます。とほほ。
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  1. 2008/05/12(月) 00:57:19|
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1953年への旅

本棚を整理していたらこんなものが出てきました。手描きの58がかっこいいですね。
資料
昭和28年4月号の交通公社時刻表です。

実はこれ、うちの(母方の)じいさんの形見です。
じいさんは長いこと国鉄にいまして、函館本線の小さな駅の駅長をしていたこともあったそう。
札幌駅の助役時代や鉄道公安官時代の話をしてくれたのを今でも憶えています。
当然転勤も多く道内各地を転々としていたそうで、
私もその度に急行に乗せられあちこち行ったはずなのですが、当時のことは何にも憶えていません(泣)。

ちなみに父方の祖父は赤平の炭鉱に当時いまして、
つまり父方の祖父が掘り出した石炭を、母方の祖父が運んでおり、
北海道の産業構造を体現した家族でした(笑)。

じいさんは鉄道が好きだったようで、
記念切符やらピンバッジやら身に付けていたものやら、恩賜のタバコやらがたくさんあったんですが、
亡くなってから処分されてしまいました。
孫がもうちょっとこの趣味にのめり込むのが早かったら、、、悔やんでも仕方ないですね。

でほとんど唯一残ったのが書籍類で、
そのうちの一つがこれです。

中を開いてみると、こんなものなど出ています。
資料
上田丸子電鉄。真田傍陽線や西丸子線も健在ですね。

表紙は何をイメージしているのでしょう。牽引している客車は特急型の車両のようです。
東海道全線電化前の「つばめ」や「はと」でしょうか。
ただし、釜はフリーランスのようですね。側面に窓が5つしかありません。

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  1. 2008/05/10(土) 18:00:00|
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札幌市電320形 その7 ひとまず完成

ローソンおまけ改造、札幌市電です。
ひとまず完成させてみました。
札幌市電320形
奥は私の使っている携帯です(ボロボロですねえ、、、(汗)。
サイズとしてはこんなもので、まあちっちゃいです(笑)。
これがターッと走っていく様は、なぜか健気でかわいらしいです。

クリア吹きつけの上、
窓セルは手元に取っておいた何かの透明なシートを貼りつけ。リサイクル徹底です。
車体脇に掲示されていた広告は、その頃の写真に何故かほとんど写っているヤマサ「フレーブ」と、
地元の酒蔵「千歳鶴」を選んでみました。
札幌市電320形

ちいさいのと私の施工精度とのために、各四面でそれぞれ印象の異なった表情となっております(笑)。
札幌市電320形

サイドビュー。ちょっと実車とは違ってしまいましたが、またいつかリベンジしたいですね。札幌市電320形
台車はプラ板切り出し、厚紙で多少のディテールアップをして
台車間を延長したBトレ動力にゴム系ボンドで貼り付けてあります。

方向幕は豊平8丁目、系統は3系統。
札幌市電320形
広告や方向幕、系統札などはそれぞれ普通紙に印刷し、両面テープで貼り付けのみの簡易仕様です。
これと先日作ったモ800と合わせて、豊平駅前のモジュールでも作ろうかと検討中です。
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  1. 2008/05/10(土) 03:37:06|
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弘南鉄道7000系 その1

連休中も連日予備校だったりするんですが、
(社会人になっても宿題が気になって寝られない経験をするとは思ってませんでした。)
つい、つい、ふらふらと、、、



渋谷方面へ行ってしまいました。
(予備校があるのは横浜西口。一本で渋谷まで行けるのです。)
渋谷のデパートでは東急の鉄道フェスタを開催中。
ついつい、ふらふらと足が催事場へ向かいます。

そしてついついお小遣いも少ないのに(そう。最近小遣い制なのです)、
買ってしまいました。鉄コレ東急7000系。とほほ。
横浜フェスタの時には凄い行列を脇目に、東急まで手が出ないなあと思ってたんですが。
今回は財布に厳しいものの、ゆっくり買えました(いいんでしょうか?(笑))。

まあ、東急の電車を買ったとはいえ、
案の定というか、やっぱりというか、へそが曲がってるというか、懲りないというか、
(あくまで私のことです!)
素直にそのままとっとけない性分なもので、
早速手をかけます。

といっても、もともと良く出来てますし、
こんな繊細なコルゲーションが施されている車体を弄る腕前は私にはございません。
(素晴らしい作品を作られる方もいらっしゃいますね!)
主に細部の工作を施すことにします。

まず、N化するのに車輪を金属製に交換しました。
しかし我が家の路線は見上げる位置。ギラギラが目立ちます。
そこで側面を塗装します。使用したのはお馴染みのマッキー。
弘南7000系
フランジは塗れませんが、落ち着いたと思います。ブレーキディスクがあるので、他の車輌より効果的かも。

次は件の台車の塗装。
弘南7000系
プライマーを「一応」塗り、エナメルのシルバーでブレーキディスクなどに色差し。

おろしたての面相筆を使ったので、ちょっとはみ出ちゃいました。弘南7000系


台車にはそれほど塗料がのらないので、エッジの効いたものでこそぎ落とします。弘南7000系
この場合はステンレススケール。万能ですね。

余談ですが、数年前、
とある本の、模型(といっても建築模型ですが)の作り方やデッサンの仕方を解説する部分の編集に関わったことがあります。
いろいろな建築家が実際に使っている道具を集めてみましたが、
印象的だったのはお馴染みの竹の物指し。
それを薄く削って、物に押し当てたり曲げたりして使う方がいました。名付けて「ペシペシ」
昔ながらの懐かしい感じの道具にも、意外な使い方があるもんだと思ったものです。

閑話休題。

次にスノープロウを付けます。
利用するのは第3弾に付属していたパーツ。これなら一発で台車に付けられます。
しかし形が今一つ似合いません。
プラ板で作り直します。弘南7000系
サイズを計ってみました。
高さ3ミリ、幅が片面6.4ミリ。
これではちょっと幅が足りません。またあまり高さを大きくするとダミー連結器の胴受に干渉します。

いろいろ調整した結果作図してみたのがこれです。弘南7000系
これをプリントアウトし、スプレー糊を吹いて、弘南7000系
プラ板に貼付け、カットします。

個人的にはこれが一番精度の出る切り方。建築模型でもいつもこの方法。
ただしけ書き線が太いと刃を入れる時迷うので、0.25ポイント程度、線色はグレーにします。

もともとの排障器の方はタイラーやすりでモールドを削ります。弘南7000系
接着剤で切り出したプラ板を貼付けて、
台車に嵌めて出来上がり。ちょっと緩いのでゴム系接着剤を点付けしておきました。
弘南7000系
(実はこの写真の後、形を整えてます。上記の図は修正後。)

出来上がりはこのような具合。
弘南7000系
東急マークがIPAで取れず、うすめ液で注意深く落としたものの跡が残りました。
正面の赤帯だけ塗装のつもりでしたが、全塗装ですね。シルバー、おっかないです。
(←怖いの意。北海道弁だそうです。)
同時に貫通扉と渡り板も手を入れます。

しかし、もっと重要な問題が。弘南7000系

相方どうする??
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  1. 2008/05/05(月) 02:16:56|
  2. 鉄道模型
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